第15章
お好み焼き

IDIOM

慣用句

猫舌

猫が熱いものを食べないことに由来して、熱い料理が出された時に、熱いものが苦手ですぐに食べられない人を指す。
(どんな動物でも熱いものは食べないが、猫は古くからペットとして家の中で飼われていたので、熱いものを与えられる機会が多かったからだと考えられる。)


A: スープは冷めないうちにどうぞ。
B: すみません、私、猫舌なので、少し冷まさないと飲めないんです。

A: このラーメン、熱々でおいしいですよ!
B: 私はもう少し待ってから食べます。猫舌なので。

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ESSAY

パーソナルエッセイ

お好み焼きの思い出
織田典信(1943年 広島生まれ)

私が小学校三年生か四年生の頃には、「おやつ」というような上品な名前の物はありませんでした。 腹に抵抗なく入れば何でも良かったのです。お腹がすいたら母にねだって、小麦粉に砂糖を少量入れ水で練ったものを焼いてもらって食べていました。それはホットケーキ風ではなくペタンとした形でした。私がふくらし粉(重曹)の味が嫌いだったからです。

同じ頃、町の路端でも同じような食べ物が売られていました。 七輪に置いた正方形の厚さ四ミリくらいの鉄板の上で、まず、水で練った小麦粉を薄く円形に延ばし、その上に魚粉を振り掛け、葱を置きます。その後、ひっくり返して両面を焼き、ウスターソースを刷毛で塗って、ぱたんと半分に折れば完成です。

町の人たちはそれを「いっせんようしょく」と呼んでいました。私は後に、「一銭洋食」という漢字であることを知りました。一銭洋食の価格は分かりません。私がいくら母や祖母に買って欲しいと頼んでも、絶対に買ってくれなかったからです。一銭洋食を売っている人の仕事が農業用の肥料として使う肥汲みで不衛生だからという理由を聞いてからは、欲しいとは思わなくなりました。

数年後、近所にお好み焼きの手書き看板を掲げた店が出来ました。子どもたちは二十円か三十円を持って自分で食べに行きました。小麦粉の生地の上の具材(現在はトッピングというそうです)は、魚粉、キャベツ、もやし、ネギ、天かす等で、卵と豚肉をのせるのは少し贅沢なことでした。ただし、卵は持ち込み自由でした。私の家では鶏を飼っていたので、私は卵を持ってよく通いました。その頃はまだ、うどんやそばは入っていませんでしたし、青のり粉もかかっていなかったと思います。ソースはお好み焼き用のものとウスターソースを混ぜたものが使われていました。ソースは今、誰でも知っているブランド「オタフクソース」です。

その頃から、買い食い(子どもだけで飲食店に入る事)は小学校が禁止していたのでしょう。ある日、私の友だちのお母さんが小学校に私の買い食いを言い付けてしまいました。そのため、母からお好み焼きの店に行くことを禁じられました。私はその友だちのお母さんがきらいになり、友だちとも遊ばなくなりました。一銭洋食の時とは違って、お好み焼きそのものがダメと言われた記憶はありません。

中学生の頃には、町のあちこちにお好み焼きの暖簾が見られるようになりました。その暖簾には皆オタフクソースの会社名が入っており、「みっちゃん」「八昌」のような店名は書かれていませんでした。後に、店名や他のソース会社名が入った暖簾も見られるようになり、具材の種類も増えていきました。

しかし結局、私は小学生のころに通った店以外のお好み焼き店にはほとんど行きませんでした。もう昔の味は思い出せませんが、空腹少年にとってあの頃の味は最高でした。現在、沢山のお好み焼き店があり、広島の名物になっている事には驚きを感じます。

「内容質問」の解答

本書の章末「内容質問」の模範解答です。

1 キャベツ、肉、エビ、イカなどです。

2 大阪のお好み焼きは具材を混ぜて焼く「混ぜ焼き」で、広島は具材を順番に重ねて焼く「乗せ焼き」あるいは「重ね焼き」です。

3 たこ焼きは全国のお祭りの屋台で売られるようになり、広まっていきました。

4 もんじゃ焼きの語源は「文字焼き」です。鉄板の上で文字を書いて遊ぶことから始まりました。

私の国の粉物 (Flour-based dish in my country)

皆さんの国の粉物を教えてください。(小麦粉、米粉など)

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Column

番外編

江戸文化に造詣深い筆者による日本の食に関するコラムです。