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没入型VRと日本語教育
Oculus Quest 2とWanderの利用から見えてくる可能性

パデュー大学 言語・文化学科 畑佐一味

 

没入型VRでは下の写真のような機器を装着して360度映像が見られ、臨場感が強く味わえます。映像はCGだけでなく、実写の写真やビデオも使われます。このような機器はヘッドセット、ゴーグル、ヘッド・マウント・ディスプレイなどと呼ばれます。現在はゲーマーが普及の中心ですが、医療や職場などトレーニングの分野でも普及が進んでいます。また、コロナ禍に伴い教育での利用にも注目されています。

ヘッドセットにはパソコンやゲーム機に繋げて使うものと繋げないで使うものの二種類があります。SONYのプレステなどに使うものはパソコンに繋げて使うタイプのものです。一方、Oculus社のQuest 2というモデルはパソコンに繋げる必要がない独立型(stand alone)のもので、2020年に発売されました。2021年現在、価格は299ドルです。(日本では38000円ぐらい)以下は、このQuest 2をWANDERというアプリと組み合わせて、どのように日本語教育で使えるかを紹介します。

WANDERはOculus社のヘッドセット用にParkline Interactive社が開発したバーチャル旅行をするためのアプリです。アプリの値段は$10です。主な機能はグーグルストリートビューのデータを360度画像に変換して、VR空間で再現することです。動画はありませんが、静止画だけでも実際にその場にいるような臨場感が味わえます。世界中の名所旧跡だけでなく、ストリートビューのデータが入っている所ならどこにでも行けます。また、自分の「room」を作って、他のプレーヤをそこに招待すれば、複数の人と一緒に旅をすることができます。Roomに入っていても、それぞれが全く別の所(一人、アフリカ、一人アジアなど)に行くこともできます。リーダーを作って、全員がリーダーと一緒に動く、いわゆる、団体旅行も可能です。プレーヤ同士の声は常時聞こえるので、言語を使ったコミュニケーションが可能です。さらに、ストリートビューに過去の画像が入っていれば、その場所での年を変えて、時間を遡ることができます。(例 大震災被災地 コロナ禍の影響)


VRテクノロジーは、まだヘッドセットの普及が十分に進んでいるとは言えないので、日本語教育の現場ですぐ使えるテクノロジーというよりは、これから使えるようになる(潜在能力を持った)テクノロジーと捉えるておくほうがいいと思います。本格的な日本語教育用のオリジナルVRコンテンツの作成には、大きな予算が必要になると思われるので、あまり現実的ではないと考えています。Wanderのような安価な汎用アプリをどのように日本語教育でうまく利用するかを考えるほうが得策だと思っています。そして、他の言語の人たちを巻き込むのもいい戦略の一つだと思われます。(2021年3月)

以下は、Quest2とWANDERが提供する環境がどのように日本語教育(さらに、外国語教育)で利用できるかの考察と提案です。

 

Quest 2のヘッドセットを使う時は、始めにVRの領域を設定します。
下のビデオがその様子を示しています。

VRの領域設定はプレーヤの安全のためにあります。
ゲームの中で腕を振り上げたり、足でキックをしたりすることがあります。
その時、実際の壁をたたいてしまったり、調度品を蹴飛ばしたりしないようにするために
VR領域を予め設定しておきます。境界に近づくと網目が現れて、注意を促してくれます。


(このビデオではWANDERアプリがすでに開いている状態で録画しました。 )

 

Quest 2とWANDERが提供する可能性

 

・複数のプレーヤーが参加できるので、グループでの活動が可能です。(同時に何人参加できるかは未知です。)

・プレーヤー間の音声会話が可能です。 音質は悪くありません。

・学習者に「聞きたい」「話したい」と思わせるコンテクストを提供することができます。 ここでの試行錯誤が最も重要になります。教員は学習者の興味を刺激し、効率的に言語活動を引き出すタスクを設定する努力をしなければなりません。教員としての想像力の見せどころです。

例1:教員と学習者が同じ場所に集合し、課題が設定されたツアーを行う。(修学旅行の自由時間のイメージ)

「道頓堀で巨大看板を見つけよう」

教員と学生が3人、心斎橋に集合しています。タスクは巨大看板を探すことです。
はじめのビデオ映像は教員の視線です。
三つのアバターはそれぞれの学生を表し、教員が設定したroomに入っていることを示しています。
アバターの頭の動きは彼らの視線を示しています。

「follow」と「unfollow」は他のプレーヤーについていくか、
勝手に移動するかを選択する機能を指しています。
学生たちが自由に動いても(どこか遠くへ行ってしまっても)、画面のアバターが消えることはありません。
Room内にいるプレーヤの位置は地図上で確認できます。



・タイムラインの機能を使って、同一地点の過去の景色を見ることができます。特定地域の経年変化を題材にした活動をデザインする時に利用できます。

例2: 大阪通天閣の変化からコロナ禍の影響を感じる。

 

大阪通天閣周辺の変化

タイムラインの機能を使って「づぼらや」という店の変化を見てみます。
コロナ禍でインバウンドが減ったことの影響を感じることができます。

 

例3: 東日本大震災の被災地の10年間の変化について考える。

高田松原道の駅周辺の変化 2011年〜2019年 (岩手県陸前高田市)

東日本大震災の遺構として残されている道の駅から見た画像です。
年々の変化を見せるために、タイムラインだけ変えたスライドです。

2014年ごろに見られる大きな建造物は何かを考えさせる活動をしました。

 

岩手県陸前田市の変化

教員が学生を陸前高田市に連れて行って、
震災以降の街の変化をガソリンスタンドを中心に説明しています。
ビデオ映像は学習者の視点です。(さかんに周りを見回しています。)

画面に見えているアバター(青い頭)は教員で、学生に陸前高田の変化を説明しています。


(学生の声がうまく録音されませんでしたが、
色々コメントを言っていました。)


その他の応用の可能性:

1 ボランティアの観光ガイドの方に、VRを使ってガイドをしてもらう。(ある程度の練習は必要。)日本語学習者がツアーに参加する。

 
2 留学生受入担当スタッフにVRで学校の周辺地域情報をガイドとして発信できるように練習してもらい、来日が決まっている学生達への事前オリエンテーションとしてキャンパス及生活圏の紹介ツアーを行う。

パデュー大学と名古屋外国語大学の間で行った相互キャンパスツアーの実践例(2021年)

このセッションの前半は名古屋外大の学生三名が名外大キャンパスの説明を英語で、後半はパデュー大学の学生が日本語でパデューのキャンパスを紹介しています。参加者に同じ部屋に集まってもらう必要はないが、今回は機器の取り扱いに慣れていなかったため、それぞれ集まってもらいました。二カ国間の時差が13時間あるので、米国東海岸時間午後8時、日本時間午前9時に実施しました。機器はOculus Quest 2、アプリはWanderを利用しました。

Wanderはストリートビューの画像を利用しているが、建物の内部などストリートビューに入っていない画像は360度カメラ(GoPro) で撮影し、Google Mapにアップロードして、補填しました。

このプロジェクトは阪上香帆氏(現ワシントン大学講師)と三浦由佳江氏(現ケースウェスタンリザーブ大学講師)が日本語教育でのVRの利用というコースの課題の一環として行いました。実施にあたり、名古屋外大の宮本真有氏にご協力いただきました。

 

Contact: 畑佐一味(Kazumi Hatasa)Purdue University, West Lafayette, Indiana
khatasa@purdue.edu

 

 

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