背景と将来

落語と日本語教育のこれまで

「落語」は⽇本の伝統的な古典芸能の⼀つですが、三大古典芸能の能、歌舞伎、⽂楽と⽐較して、日本語学習者の間での知名度はかなり低いと⾔えます。しかし、落語は「話芸」であり、⽇本語さらに⽇本語学習にも極めて近いところに位置づけることができます。

これまで⽇本語教育の中で扱われてきた落語は中上級向けという認識が主で、落語本編の読解や聴解、または、⽇本⽂化の教材として取り上げられてきました。(酒井 2001)
数は多くありませんが、学習者が落語を覚え、それをクラスや学内の催しで発表するという活動も報告されています。(⼊⼾野 2009)

「みんなの小噺プロジェクト」は、⼩噺を学習者に演じさせることを出発点にしているという点で、従来の落語の取り入れ方とは異なった発想に基づいた、新しい試みです。

本プロジェクトは⽶国ミドルベリー⼤学夏期⽇本語学校で、2006年より14年間、プロの落語家(柳家さん喬師匠・柳亭左⿓師匠)と紙切り師(林家二楽師匠)を招待して、落語を紹介するという活動から発展したもので、2007年に⼩噺を⽇本語学習者に演じさせる活動を⾏ったことがきっかけとなりました。

当初はどのような結果が期待されるか分からず、暗中模索でしたが、参加した学⽣からは⼤変⾼い評価を得ました。代表的な⾃由記述には以下のようなものがありました。(原⽂は英語)

  • ⾃分の発⾳のあいまいさに気づいた。
  • お客さんが分かってくれて笑ってくれるようにするために⼀⽣懸命練習した。
  • 友達と練習する過程で⾃分の問題にも気づくことができた。
  • 友達と⾯⽩くするための⼯夫について話し合うことができた。
  • コミュニケーションには動作も重要だということが分かった。
  • プロの落語家の技術はすごいと思った。
  • ⾼座に上がったり、正座をしたり、実際にやってみることが勉強になった。
  • ⽇本へ⾏ったら「寄席」に⾏ってみたい。
  • 着物を着るのは楽しかった。
  • ホストファミリーに披露したい。
  • 祖父と祖母が喜んでくれた。(日系の学習者)

このように、⼩噺を演じることへの取り組みが、学⽣の⾃律的学習や協働学習に貢献し、⽂化といえば「漫画・アニメ・すし・カラオケ」(MASK)に代表される現代⽇本⽂化のイメージから脱却し、幅広い⽇本⽂化への理解を導く活動であることが⽰唆されました。⾔語の四技能を上達させるとともに、体験を通した⽇本⽂化理解を促進するという点で、⽂化と⾔語教育を統合した⽇本語教育と捉えることができます。現在、プロの落語家、あるいは、落語に精通した⽇本語教師がいなくても、同様の活動が実現できるような環境作りの構築を⽬指しています。そのために、本サイトでは学習者が⼩噺を覚えてから発表できるようになるまでの過程を録画し、その変化が⾒られるようにしました。また、途中経過でのプロや教師からのアドバイスなどもなるべくたくさん収録しました。

酒井たか子(2001)「中上級日本語学習者が落語を通して学べるもの」、『日本語教育方法研究会誌』8(2)、pp14-15
入戸野みはる(2009)「コテンラクゴ?演るんですか??演るんです!:五技能の習得を目指して」、Proceedings of the 16th Princeton Japanese Pedagogy Forum:32‐41

本プロジェクトの将来

2020年に全世界を巻き込んだコロナ禍のせいで、対面で集まることができない状態に陥り、本活動も停滞せざるを得ない状態になったのですが、同年秋に国際交流基金ロンドン支局がオンライン開催した「教師のための小噺ワークショップ ―学習者による小噺パフォーマンスの指導方法―」がきっかけになり、ヨーロッパでの小噺活動が始まりました。その結果として、2021年6月に第一回「国際合同小噺発表会」がオンライン開催されヨーロッパ10か国から80名を超える学習者が小噺の発表を行いました。

同様の活動が世界各地に広がり、衣装が違ったり、地元のジョークを小噺に仕立てたりして、新しいタイプの小噺が生まれたら素晴らしいです。「笑い」を中心に据えて、文化の違いを感じ、論じることができるでしょう。

また、コロナ禍がおさまってくれば、観客を集めたライブのパフォーマンスが行われるようになるでしょう。ライブパフォーマンスにはビデオ録画とはまた違った緊張感、達成感そして、満足感が伴います。うまく指導していくととても効果的な学習活動になります。

本プロジェクトは⽇本語学習の促進、⽇本⽂化の海外発信、さらに、ユーモアを通して⾒る異⽂化コミュニケーション(⽂化リテラシー教育)、という三つの観点から有意義な活動になっていくことが期待できます。

謝辞

2006年は国際交流基金からご支援いただきました。そして、2007年から三年間、東芝国際交流財団からご⽀援をいただきました。また、2009年10⽉から六ヶ⽉間は、博報堂児童教育振興会のご⽀援で、畑佐がお茶の⽔⼥⼦⼤学グローバル教育センターの客員研究員として、同大学で小噺活動を行いました。